フィドルのジョン・マッカスカーは09年に"Under One Sky"という素晴らしい作品を発表している。このアルバムはジョン・マッカスカーの作品というよりは、彼がリーダーとしてまとめ上げたひとつのプロジェクト的な色合いが強い。
ジョン・マッカスカーは一流のフィドル・プレイヤー兼マルチ・プレイヤーである以上に、敏腕のプロデューサーとしてケルト音楽界で絶対的な信用を勝ち得ており、そのプロデューサーとしての名声は、同じくトリオの一角として来日するジョン・ドイルに匹敵する。
アメリカ在住のアイリッシュであるジョン・ドイルが、アイルランド移民からアメリカン・ルーツにまでつながるトラディショナル音楽の推移を体現しているとすれば、ジョン・マッカスカーは同じくケルトに由来を持つスコットランドからイングランド、はたまた北欧に至るまでのイギリス的あるいはヨーロッパ的トラッドの総体を示していると言っていい。
そういった意味で活動のフィールドは異なるものの、二人の影響力は同格であり、二人とも世界中に散らばっているケルティック・ミュージシャンから同等の信頼を得ている。
先日ケルティック・コネクションで、ジョン・ドイルがグリーンフィールド・オブ・アメリカというプロジェクトの一員として活動していることを知った。このプロジェクトはアイルランドの音楽が移民とともにアメリカに持ち込まれ、アメリカのルーツ音楽として定着して行った過程を浮き彫りにするものだった。ベテランのカントリー・ミュージシャン達の中で、ドイルが若くしてプロジェクトに抜擢されその中枢を成していたことは、先述の彼の音楽性を如実に証明していたと言える。
マッカスカーの"Under One Sky"は大雑把に言ってしまえばそのイギリス版と言えるかもしれない。彼はスコットランド、イングランドの現代トラッド界を代表するプレイヤー達を、イギリスというまさに「ひとつの空の下」にまとめ上げた。ケイト・ラスビーや今回の来日組の目玉:エディ・リーダーといったイギリスのコンテンポラリー・フォークのプロデュース業でも名高いマッカスカーらしく現代的な感覚も兼ね備えているし、チーフタンズばりの壮大なスケール感はクラシックの素養をも併せ持つ彼の音楽的偏差値の高さを伺わせる。
このプロジェクトにおいて、長らくスコットランドはじめイギリスのトラッド界を牽引して来たフィル・カニンガムを差し置いて堂々たるリーダーぶりを発揮したマッカスカーは、ここに新しいトラッドの世代交代を告げたと見ることもできるかもしれない。
そのジョン・ドイルとジョン・マッカスカーというトラッド界希代の才能と視野を持つ2人に、同世代最高のプレヤーであるマイケル・マクゴールドリックが加わる。
彼はこのシーンに現れた時から、ルナサ(アイルランド)、カパケリ(スコットランド)、フルック(イングランド)とそれぞれのフィールド・エリアで一流の働きをしてきた。プロデューサーとしての活躍はないものの、その分職人肌のセッション・プレイヤーとしての才覚は2人のジョンがそれぞれもっとも信頼するプレイヤーであり、どちらのプロデュース作にもほとんど全面的に参加している。また、現代的な感性は3人の中でも随一であり、ケルト音楽の未来を担う才能として高い評価を得ている。
今回の来日するトリオはただ腕の優れたプレイヤー3人がセッションするだけのユニットではない。3人が集まることにより、どちらかと言えば地域的かつ懐古的なトラッドという音楽が、世界的な規模で未来に向けて鳴りだす。この3人が半円を描いて音を合わせる様は、まさしく聖パトリックが三位一体を説いた際に手にしたシャムロックの如し。
この来日のための奇跡の共演。絶対にお見逃しなく!